18〜20歳

 

1997年緑溢れる吹田市の緑地公園に中央工学校がある。

私はそこに入学した。

理由は高校の時、漠然とではあるが手に職をつけなければ食べていけないし、早く社会にでて自立しなくてはと思い、

そしてなにより単純に室内の模様替えやものづくりが

好きだったので、インテリアの道に進もうと考えた結果だ。

意外に単純だ。

入学し皆が仲良くなり始めたころ桑原君という

青年と仲良くなった。

桑原くんは年が少し上でインテリな感じがし、頭も良さそう。

たくさんの建築やインテリアがほんとに詳しかった。

私は話しについて行くのがやっと・・・。

しかも知識の差に圧倒された。桑原くんは常に新しい情報や

知識を日々吸収している感じだった。この時私は心底思った。

好きということは単純に好きではなく精通することなんだと。

それからわたしは桑原くんの取り組む姿勢をお手本に自分なりに

インテリアや建築を学校では習わないことを独学し始めた。

そもそもインテリア科なので建築はほぼ独学になる。

さほどインテリアの才能ないなぁと感じつつも・・・

知識だけはと思いたくさんの建築を見てまわり自分なりに考え、

感じた。まだまだこのころは物の表層部分しかみれてなかった。

カッコイイや気持ちいいぐらいだ。とても幼稚だった。

私に比べ他の学生達はアイデアがすごい人やパースが

すごく上手な人達がたくさんいていつも学ばせてもらっていた。

ある日の授業のとき、今の自分の道を決める出来事があった。

というより先生に出会った。私はバイトにかまけて適当な

パースを提出。すると・・・その先生は私の頭のはたき

「きちんとやれ!おまえからこの手に職とったらなんも残らんで!ええんか!」とお叱りうけました。

はじめてだった。怒られるのはいつものことだが、

この先生は先の事まで見据えて考えてくれてるんだと本気で感じ、

私はその時心に決めました。

インテリアか建築この世界で自分の力で自分の技術で独立し食っていくと。それがいまも登壇されている三浦先生である。

いまも感謝しています。そう決めてからの私は必死で

建築・インテリアを勉強した。

そこでまたひとつの出会いがあった。

安藤忠雄氏の建築作品である。

コンクリートのみでつくられた幾何学な建築。

単純にかっこいいと感じた。それから安藤忠雄氏の経歴や生き方、本や雑誌など読みあさるうちに私は建築の世界で技術を

伸ばしたい。そして何か人の心に残るもの作りたいと思った。

建築という世界は一生かけても良い世界と思い、

卒業と同時にアトリエ系設計事務所にアシスタントとして

いくことにした。

アシスタントに着く前に私は桑原君とNEWYORKへ卒業旅行へ

出かかけた。はじめてみるフランクロイドライトや

摩天楼が立ち並ぶ都市。ワールドトレードセンターに

セントラルパーク。あらゆるもの刺激的でたまらなかった。

この体験がその後の私の人生を決定づけるものであった。